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「月刊正論」3月号発売

2010/02/03 01:09

 

 編集長・上島です。

 本誌一月号、金美齢さんの「私はなぜ日本国民となったか」は大きな反響を呼びました。産経新聞一面コラム「産経抄」が、「販売担当者の電話が、ここ数日鳴りやまない。…追加注文が相次いでいる」(平成二十一年十二月十一日付)と書いてくれたとおり、今も在庫の問い合わせが続いています。

 

ちなみにアマゾン・ドット・コムでは、定価に倍するマーケットプライスが付いていますが、通常なら販売期間が過ぎたのを受けて断裁する市場在庫の一部を回収しましたので、購読を希望される方は販売部に電話でご一報ください。定価でお送りします(03―3243―8469)。

 

金さんの手記の内容もさることながら、発売直後に、「たかじんのそこまで言って委員会」というテレビ番組で、評論家の宮崎哲弥さんが金さんの論文を取り上げ、「感動しました」と述べてくれたことが売れ行きを後押ししたのは間違いないと思いますが、「国籍」やアイデンティティの問題に読者の関心が高まっていることを強く感じます。

 

三月号の編集は、小沢一郎民主党幹事長の土地購入をめぐる政治資金規正法違反事件で、東京地検が小沢氏本人の立件を視野に捜査を進めているという報道を見ながらの進行になりました。特集は「炎上! 小沢民主党」ですが、さて今後はどう展開していくのか。

 

民主党は開会中の通常国会で政府提案による永住外国人への地方参政権付与法案の成立をめざしています。総選挙前はそれに強い違和感を表明していた民主党議員のほとんどが、いまや沈黙を決め込んでいて、取材を申し込んでも()((つぶて)です

 

この法案の危うさについて本誌はこれまで何度も論じてきましたが、二月号で関岡英之さんが、〈「内なる脅威」と化した中国の日本侵蝕〉と警鐘を鳴らしたように、地方参政権の解禁は、事実上在日コリアンの地位改善問題よりも、中国人移民の問題に比重が移りつつあります。

 

端的にいえば、わが国の主権に中国共産党独裁政権の容喙を許しかねないものです。沖縄県名護市の市長選挙の結果を引くまでもなく、在日米軍だけでなく、自衛隊基地や原発を抱える自治体の首長が、彼らによって選ばれるようになったらどうなるか――。杞憂と放念できるほど、日本人の国家意識はしっかりしているでしょうか。「共生」という言葉は耳に心地よいけれど、そうした言葉こそ、実は警戒しなければならないと思います。

 

国籍取得と参政権付与は人道や人権を問う問題ではない。その国と命運を共にできるか否かという内なる問いへの回答であるべきだと考えます。

 

 とはいえ、日本国籍を持っていても“売国的”な政治家、役人が少なくないのが、わが国の現状です。三月号で竹田恒泰さんに書いていただきましたが、昨年の天皇陛下と中国の習近平国家副主席の“特例会見”は、その残念な現実を国民の前に明らかにしました。

 

鳩山首相は、「日中関係をさらに未来的に発展させるために大変大きな意味がある。(特例を求めた)判断は間違っていなかった」と述べました。首相官邸や宮内庁に会見設定を強く働きかけたとされる民主党の小沢幹事長は、それを否定しながらも、「陛下の体調がすぐれないなら、優位性の低い(他の)行事はお休みになればいい」と述べ、「天皇陛下の政治利用」にあたると異議を唱えた羽毛田宮内庁長官に対し、「辞表を提出した後に言うべきだ」と辞任を要求したのは記憶に新しいところです。

 

 鳩山首相、小沢幹事長ともに天皇の政治利用を正当化する不穏当かつ不遜な態度と言わざるを得ません。小沢氏は、羽毛田長官を「憲法、民主主義を理解していない」と切り捨てましたが、氏が天皇と外国要人の会見を内閣の助言と承認が必要な国事行為と考えているなら、それこそ憲法を読んだことがあるのかと問いたい。

 

日本に帰化したことを告白した金美齢さんは、「日本人は救いのないほどに中国人に甘い幻想を抱いている」と警鐘を鳴らしました。

 

中国の銭其琛元副首相は回顧録『外交十年』で、外相時代の一九九二年の天皇訪中について、天安門事件で西側から受けた制裁を打破する狙いがあったと明らかにし、「日本は中国に制裁を科した西側の連合戦線の中で弱い部分」で、「中国が西側の制裁を打ち破る最も適切な突破口になった」、天皇訪中が実現すれば、「西側各国が中国との高いレベルの相互訪問を中止した状況を打破できるのみならず」、「日本の民衆に日中善隣友好政策をもっと支持させるようになる」と明記しています。

 

 かつて中国の李鵬首相が豪州を訪問した際、キーティング首相に「日本はあと三十年もすれば潰れてなくなっている」と語ったという話も、かなり人口に膾炙するようになったと思うのですが、中国の首脳は、〝親中外交〟につとめる日本に感謝するどころかこう見なしていたのです。このことを日本人はしっかり記憶にとどめておくべき、という金さんの言葉が、より多くの国民の実感であろうと思うのですが、どうでしょう?

 

三月号は、ご愛顧への御礼をかねて、価格据え置きで増ページをしました。

書店での立ち読みでも結構です、一度お手にとってページを繰ってみてください。

目次http://www.sankei.co.jp/seiron/ 

 

 

 

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「めぐみへの誓い」のお知らせ

2010/01/26 01:48

 

編集長・上島です。

久しぶりの更新は、また告知かという苦情もあるかもしれませんが、ぜひとも見ていただきたい舞台について書きます。1月号の編集後記と重なりますが、ご容赦ください。

 

出張校正をする編集部は今では珍しいようですが、本誌は毎号、東京・市谷にある大日本印刷で校正をしています。

地下鉄有楽町線を市ヶ谷駅で降り、中根坂に向かって上っていくと、同社の工場や倉庫が立ち並び、戦艦の艦橋を思わせる黒壁の営業棟の一角にわが校正室はあります。

 

 本誌を担当してくれているのは福井県武生出身のMさんという女性で、もう十年になります。硬派のオピニオン誌の担当が女性ということに意外感を持たれる読者もいるでしょうが、熱心に本誌を読んでくれ、キメ細かい配慮やアイデアに援けられることもしばしばです

 

 そのMさんは、北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさんよりずっと年下ですが、福井県でも拉致被害があったことから、ご両親から「海辺の松林には近づかないように」「一人で行かないように」と強く言い聞かされて少女時代を過ごしたそうです。

 

 鳩山政権になって、中井担当大臣は拉致問題に熱心に取り組む姿勢を見せてはいますが、政府を挙げてという迫力は感じられません。何より拉致実行犯の減刑嘆願書に署名をした人が経済財政(菅直人)と法務(千葉景子)を担う大臣です。民主党全体の“空気”は、拉致被害者を取り戻すことよりも、北との国交正常化優先に傾いている感じがします。このままでは事件そのものが風化してしまうのではないかという懸念は拭えません。

 

 そうあってはならない、演劇を通じてそれを訴えようと、「めぐみへの誓い」という舞台が26日から31日まで東京・紀伊国屋サザンシアターで上演されます(新宿高島屋の隣です)。

 

 作・演出は、本誌創刊35周年記念の靖国神社奉納野外劇「俺は、君のためにこそ死ににいく」を手がけた劇団「夜想会」の野伏翔氏。制作発表の会見に駆けつけた横田滋さん、早紀江さんご夫妻も、「北朝鮮で生きるめぐみの姿を見るのは辛すぎる」と沈痛な思いをのぞかせながらも、「風化させないために多くの方に見ていただきたい」と呼びかけました(写真・平成21年11月18日の制作発表記者会見)。

 

 

 

 Mさんやそのご両親が感じたように、拉致問題はけっして他人事ではない。この舞台が日本人にそれを伝え、被害者の救出へとつながる一つの縁(よすが)になればと思います。上演時間、チケット情報は劇団夜想会まで。電話03-3208-8051(10時~18時)

 

 せっかくなので、こうした舞台公演の楽屋裏を少しお見せします。

 

 写真は、昨年のゴールデンウイークに紀伊国屋サザンシアターで上演した「俺は、君のためにこそ死ににいく」公演(原作・石原慎太郎)で、企画者として差し入れのために楽屋を訪れた際の一葉です(差し入れといいながら弁当を食べていますが…)。

 

左から鳥濱トメさん役の石村とも子さん、田端少尉の婚約者・良子役の松本永倫子さん、女子挺身隊・鶴田一枝役の池田愛さん。

 

 

石村さんを初めて観たのは、押井守監督・脚本の実写映画「トーキング・ヘッド」(1992年公開)で、多美子という名の不思議な女性を演じていました。ちなみに、「トーキング・ヘッド」は、アニメーション制作の裏側を描いた作品で、主演は声優の千葉繁さん。「公開が迫っているのに何も出来上がっていない制作現場」のどたばたが面白く、押井監督自身の映画論や体験談も織り込まれています(DVDで観られます)。

松永さんが演じる良子はとても難しい役なのですが、見事な好演。池田さんも戦時の乙女を熱演し、中西少尉との別れ夜の場面では観客の涙を誘いました。

石村さん、松永さんは、今回の「めぐみへの誓い」にも引き続き出演しています。

 

また「俺は、君のためにこそ死ににいく」は、靖国神社での公演を収録したDVDが発売されています(税込3,990円)。

 夜想会ホームページhttp://yasokai.com

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「月刊正論」10月号発売

2009/09/01 14:11

 

編集長・上島です。

10月号編集後記〈操舵室から〉

 

〈今号は民主党政権の誕生を前提につくった。締め切り直前に行われた各紙の衆院選情勢調査は、「民主、300議席うかがう勢い」(朝日)、「民主300議席超す勢い」(読売)だった。自民党はどこまで踏みとどまれたのか。

 

 自党の党旗をつくるために国旗を切り刻んで何ら恥じる感覚のない人たちが、とうとうわが日本の舵取りをする。父祖の歴史への愛惜と敬意の薄い、「日本列島は日本人だけのものではない」と言い放つ人が総理となる。国政中枢に携わる者が、誰も靖国神社に参拝しないという、近代日本史上初めての光景を私たちは目にすることになろう。

 

 だが民主と争った自民も、「保守」を口にしながら、党総裁は終戦の日に靖国参拝しなかった。父祖たちはこの二つの政党の争いをどう見たか。

 

 私事ながら、硫黄島の玉砕戦を指揮した栗林忠道中将は、戦艦大和最後の艦長有賀幸作とともに故郷(信州)の大先輩だ。靖国神社に参拝するときは、必ず心の中でその名を挙げ、感謝の念を捧げる。

 

 栗林が小笠原兵団長として司令部を硫黄島に置いたのは昭和十九年七月一日。ここに栗林の覚悟が現れている。司令部を東京に近い父島に置いてもよかったのに、より前線での指揮を彼は選んだ。

 

栗林が「万死のがるべからず」として、覚悟の遺書(夫人への手紙)をしたためたのはマリアナ沖海戦の小沢艦隊敗北を確認した六月二十五日。手紙の内容はまことに淡々としたもので、「私の墓地はどこでもかまいません。…郷里だったら、(かけ)()(がの)、長野など、つごうのよいところならどこでもかまいません。…遺骨は帰らぬであろうから、墓地についての問題はほんとうに、あとまわしでよいのです。

もし霊魂があるとしたら、おん身はじめ、子どもたちの身辺に宿るのだから、自宅に祭ってくれればじゅうぶんです。それに靖国神社もあるのだから……」。

 

生還を期さなかった人たちの献身がいまの日本をつくっている。その垂直の倫理観、情念を忘れて、いったいどんな政治ができるのか〉

 

 

 8月9日に東京・九段会館で開いた第1回正論シネマサロンは、おかげさまで盛況のうちに終えることができました。ご来場くださった皆様に改めて御礼申し上げます。

 

 

幻の映画「氷雪の門」900人鑑賞 正論シネマサロン

平成21年8月10日付産経新聞東京朝刊(社会面)より

 

〈月刊「正論」が読者との交流を図ろうと第1回「正論」シネマサロン(主催・映画「氷雪の門」上映委員会、産経新聞社、雑誌正論、協賛・フローラ)が9日、東京都千代田区の九段会館で開かれ、「幻の映画」と呼ばれる作品「氷雪の門」が約900人の読者を前に上映された。

 

 映画「氷雪の門」は、正式タイトルが「樺太1945年夏 氷雪の門」で、昭和49年に製作。終戦間際に旧ソ連軍が突然、日ソ中立条約を破棄して南樺太(サハリン、当時日本領)に攻め込み軍事行動を続けたことで、自決を強いられた電話交換手の女性9人の気高い生き方を描いている。

 

 公開直前にモスクワ放送が「ソ連国民とソ連軍を中傷し、ソ連と非友好的」などと非難。大手配給会社による配給が中止に追い込まれ、以後約30年間「幻の映画」になっていた。

 

 上映後には、助監督を務めた映画監督の新城卓氏とジャーナリスト、笹幸恵氏、雑誌正論の上島嘉郎編集長が「歴史の真実はなぜ封印されたか」をテーマにトークライブを展開。自決した彼女たちを「被害者」とくくってしまうだけで、矜持(きょうじ)や誇り高さを見失ってきた戦後の言論を厳しく批判した〉

 

(左から新城卓さん、笹幸恵さん、上島です)

 

 トークライブの内容は、「正論」10月号に掲載のほかHPにもアップします。どうぞご覧ください。

 

 

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「月刊正論」9月号発売

2009/08/03 09:56

 

 編集長・上島です。

 9月号を発売しました。

 巻頭の長谷川三千子さん「難病としての民主主義」は必読です。

 

9月号編集後記 〈操舵室から〉

 

衆議院解散され、八月十八日公示、三十日投開票と決まった。「週刊文春」(七月三十日号)は〈「お待ちかね解散」恍惚と不安〉とし、〈「民主鳩山政権「日本改造計画」〉を特集。「週刊新潮」(同)は〈自民党大量絶滅期〉として、〈やっぱり口をひん曲げた麻生総理解散日の激情〉とか〈断酒中森善朗が忘れない中川秀直の罪〉といった人物点描。どちらも自民党の「下野」を前提にしており、政界を「劇場」に見立ててのあれこれが囂しい。

 

 七月二十一日昼、自民党本部で開かれた両院議員懇談会で麻生首相はこう述べた。

自民党は真の保守政党。保守の理念をもとに集まった同志だ。今こそ歴史と伝統に培った自民党の底力を発揮し、この国難に立ち向かおう」

 その言やよし、である。本誌四月号の〈Fromケータイサイト〉の設問は「麻生首相に政権を任せられるか?」だった。FNNと産経新聞の世論調査を含め、マスコミの各種調査で内閣支持率が一〇%台に低迷している中、本誌の読者、携帯サイトの会員は、そんな「世論」とは異なる傾向を示した。「考えは間違っていないので支持」が三九%でトップ。不支持は三二%。不支持の理由として、「田母神空幕長を守らなかった」ことを挙げた人も少なくなかった。

 

 続いて五月号、「民主党に政権を任せられるか」では、「国家の基本問題で疑問があるので任せられない」という否定派が五一%でトップ。「日本を変えるので支持」「一回任せてもいい」を合わせても単独への支持は一〇%しかなかった。小沢一郎代表(当時)の第一秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕されたことを割り引いても、まさに麻生首相のいう「保守の理念」を自民党が貫く限り、それに呼応する国民の存在を本誌のアンケートは示したのではないか。政治家にとっての民意とは、意見をぶつけて語り合うもので、迎合すべきものではない。「国民の皆様」などと阿った言い方はせず、堂々と保守の理念を訴えてもらいたい。鵺に一票は投じないゾ〉

 

 

 第一回「正論シネマサロン」には、たくさんの予約申し込みをいただき、まことにありがとうございました。お申し込みは締め切らせていただきましたが、当日券(1,500円)にはまだ若干の余裕があります。

恐縮ながら満席の場合には入場をお断りすることがあります。何卒ご了承ください。

問い合わせ/産経新聞社正論調査室03-3243-8454(平日・午前10時~午後6時)

 

 

 

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「氷雪の門」上映会のお知らせ

2009/07/24 00:28

 

 編集長・上島です。 

 またまた告知で恐縮です。

 

 雑誌「正論」は、読者の方との交流の場として〈正論シネマサロン〉を開催します。

1回は、大東亜戦争末期、中立条約を一方的に破ったソ連軍の侵攻下、最後まで電話交換業務に挺身した樺太・真岡郵便電信局の交換手9人の乙女たちの悲劇を描いた「樺太1945夏氷雪の門」を上映します。

 

本作品は昭和49年の公開時、多くの団体の推薦を受けながら、モスクワ放送の「ソ連国民とソ連軍を中傷し、ソ連に対して非友好的」という非難のため、大手配給会社による劇場公開が中止され、ほとんど日の目を見なかった“幻の名作”です。なぜ歴史の真実は国民の前に封じられたのか。三十数年を経た今、改めてそれを問います。

 

 

 

■日時:平成21年8月9日(日) 正午(開演)~午後3時30分(終演)

■場所:九段会館大ホール 東京都千代田区九段南1-6-5 地下鉄九段下駅すぐ

■主催:映画「氷雪の門」上映委員会 産経新聞社 雑誌「正論」

■協賛:株式会社フローラ

■入場料:事前予約 1,000円(税込) 当日券 1,500円(税込)※全席自由

■申し込み:郵便番号、住所、氏名、電話番号・ファクス番号、購入する枚数を記入し、03-3241-4281までファクスでお申し込みください。予約番号を記した予約券を返送しますので、当日、受付にお持ちください。

予約券をお持ちの方には1,000円で入場券を販売します。

当日券は1,500円ですので、どうぞ事前に予約をお願いします。

■問い合わせ 産経新聞社正論調査室 03-3243-8454(平日・午前10時~午後6時)

 

※午前11時開場/正午開演です(上映時間2時間)。終演後、上映委員会の新城卓氏(映画「俺は君のためにこそ死ににいく」監督)と雑誌「正論」編集長・上島嘉郎、シークレットゲストによるトークライブを行います。

 一人でも多くの方にご来場いただければ幸いです。

 

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送られてきた動画

2009/07/18 05:09

 

 編集長・上島です。

 番組制作会社につとめる後輩から、「産経新聞を応援するこんな動画がありましたよ」とメールが届きました。

(がんばれ産経新聞!?『国民が知らない良い新聞』)というYou Tubeに投稿された動画で、「朝日やそのシンパが削除する前にぜひご覧下さい!」と。

 

http://www.youtube.com/watch?v=gE8B26Y9bdk

 

この動画はYou TubeメンバーAGN169JCMSさんがつくってくれたものです(2009年6月16日投稿)。

ダニエル・クレイグ主演の映画「デイファイアンス(DEFIANCE)」(2008年公開、エドワード・ズウィック監督)の映像と台詞をイメージに使いながら、以下の字幕が重ねられています。

(文字だけではイメージがわかないでしょうが、削除の可能性を考えて念のため)

 

 

産経新聞?

 

産経新聞社は 国民に真実を伝える

 

朝日新聞に襲撃された

なんとかしなければ

我々が書かなくて誰が書く?

 

武器は?

真実という名の弾丸だ

 

おもしろくなりそうだ

 

-朝日新聞社-(に見立てた敵のアジトをクレイグが急襲する場面)

 

国のため

愛する人のために

我々は立ち上がる

 

責任感

 

森林を守るため

押し紙をやめる

 

信念

 

販売部数が落ち込んだ

それでも真実を書き続ける

 

プライド

 

理想論は結構だが

現実に目を向けねば(※と組織内で意見されるクレイグ)

 

国民は必ず気づいてくれる(※クレイグの決意)

 

我が社は日本を再建するため

全社員が一丸となる

女子社員も手伝ってくれ!

 

子供たちの未来のためにも

日本人の誇りと

国家の存亡を賭け

闘いの火蓋が

切って落とされる

 

全てのメディアが隠蔽する国民の声を伝えるんだ

 

正義感

 

朝日は記事を捏造する

我々が真実を伝える

 

新戦略

ネット配信

 

不可能よ(と女性の声)

諦めたら日本は終わりだ!

 

産経新聞を読もう!

 

真実に右も左も無い

私はジャーナリストなんだ

 

 

この動画をつくってくれたAGN169JCMSさんはこう記しています。

 

〈僕は産経新聞の一部の中立な記者に期待しています。そしてこの一部の記者だけは他と比べて最も中立な立場で国民に情報を提供していると思います。このような記者がいる産経新聞を僕たちで応援して、さらにより良い新聞社になってもらいたい想いで動画を作りました。そして他のメディアが隠そうとする事実を、産経新聞が中立的な立場で日本国民にもっと報道していってもらえればと思います。パソコンや携帯、PDAで閲覧可能な地球に優しい購読サービス『産経ネットビュー』を一緒に購読しませんか? 高額な購読料で他の紙新聞を読んでいる方は、節約も兼ねて月額315円の産経新聞に変えるのがお勧めです。

産経ネットビュー(月額315円)→http://www.sankei.co.jp/netview/〉

 

 さて、ありがたい応援ですが、同時に身を正さねばならない言葉も頂戴しています。

 

真実に右も左も無い

私はジャーナリストなんだ

 

 これは深く深く胸に刻んでおかねばなりません。同じ投稿サイトに「産経新聞の偽善報道を糾弾する」という動画もありました。不法滞在のフィリピン人親子に関する弊社の報道への読者による“抗議活動”を映したものですが、新聞本紙とは別に、雑誌「正論」では、〈カルデロン一家「お可哀相に」報道の欺瞞〉(7月号)として取り上げました。

 同じ会社の中でも、必ずしも一様でないことをご理解いただければ幸いです。

 

 「森林を守るため 押し紙をやめる」ことも同感です。新聞業界にとってはなかなか微妙な問題で、「正論」編集長ごときでは、社の経営に関わる意見を述べる立場にありませんが、いずれ諸々を決断しなければならぬときが来るでしょう。

 

 一つお願いは、ネットビューのご契約もありがたいのですが、まだまだ「紙」が弊社の収入の柱です。紙でのご購読もどうか宜しくお願いいたします。

 

 そろそろ月刊9月号の編集追い込みに入ります。

 校了後にまた--。

 

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別冊「遙かなる昭和」をよろしくお願いします。

2009/07/17 16:01

 

  編集長・上島です。

 「別冊正論」第11号〈遙かなる昭和〉を刊行しました。

13日の発売後、お蔭さまで好調な売れ行きを示しています。

 

〝降る雪や明治は遠くなりにけり〟

 中村草田男のこの句をおさめた「長子」が刊行されたのは明治末年から二十数年後の昭和11年です。平成に御世代わりして21年…、「昭和」も遠くなりました。

明治開国から独立をまっとうすべく奮闘を続けた父祖たちは、先の大戦を未曾有の経験とし、敗戦から奇跡の経済復興を果たして今日の日本を築いてくれました。昭和という激動の時代を生き抜いた日本人の声を、前向きな志を、今こそ後世に伝えたい、そんな思いでつくった一冊です。

 

 

かつて昭和天皇は、「雑草という草はない。どの草にも名前があって、それぞれに生を営んでいる」と語りましたが、同じように名無しの日本人はいない。それぞれに授かった名前があり、英雄顕官でなくとも一所懸命に生き抜いて、日本という国と苦楽をともにしてきました。

そんな日本人の記憶と記録を、少しでも言葉によってとどめておきたい。戦前、戦中、戦後、いつの時代の一コマでもかまわない、そう読者に寄稿を呼びかけました。

 

今回の別冊には、市井の人々の戦場での苦難奮闘、生と死、銃後の暮らしや敗戦の混乱、戦後復興の活気等々の息遣い、喜怒哀楽が多様な姿で映し出されています。

 以下に掲載105名の方のお名前を。 

 

英雄顕官ならぬ市井の臣はいかに生き抜いたか

 

読者投稿(第一部)

戦火燃ゆるとも

小沢甚一郎/千原俊雄/吉川清/伊藤一雄/谷川啓喜/悦田愛彦/深町和彦/佐藤金十郎/宮田力松/前田隆治/萩野晴敏/谷津昇/今井三郎/立山集/吉村泰輔/安田正三/唐牛誠/中村美喜雄/菊池金雄/久保善廣/橋本光榮/下田新/富樫春義/松岡亮之助

 

 

読者投稿(第二部)

銃後に在りて

小島純/河合次朗/藤木俊一/西村壽郎/佐藤善明/田代千代子/原田哲彦/吉田薫/本島公司/吉田郁頴/西尾精祐/川原ひさし/古川金憲/實近昭紀/ジョナス山城松子/内藤幸生/狩川清則/江原宏文/杉山曻/鴨川健次郎/喜田光枝/中村登美枝/柴田勉/傍島隆雄/後藤芳則/萩原志津子/山下巖/中嶋仁市/横山利郎/長田一臣/賀陽久/竹本博好/戸嶋基美/河内昭二

 

 

読者投稿(第三部)

終戦、抑留、引揚…

荻野亮/林森太郎/中村敏和/斎藤利夫/澤田秀男/白鳥誠一/山内健生/鎌田太稗/大木幸雄/水崎則一/広津留豊實/湯本繁

 

 

読者投稿(第四部)

独立回復から復興、繁栄へ

鍵谷信郎/久保明生/山本恭平/岩田雅史/大久保亘弥/上杉千年/大島満吉/中村正直/高間秀泰/内田務/穂刈甲子男/加藤啓/内藤正信/宇城貞夫/榎本一男/黒木正彦/丘哲也/荒井宏/佐藤一男

 

 

読者投稿(第五部)

父母、家族、運命…

 勝野明治/上田真弓/嘉陽秀孝/向口伸欣/板原耕造/梅田俊岳/黒坂和雄/生井正男/佐藤英男/正岡富士夫/深瀬隆純/川上奈美/加藤平八郎/須田淳作/宮森富子/山口幸夫

 

    これは紛れもなく“私たちの物語”です。ご投稿くださったすべての方に感謝いたします。

どうかこの想いが後生に届きますように――。

 

また、この「遙かなる昭和」をメインに、これまで発行したすべての別冊が実際に手に取って見られるキャンペーンを、東京・丸の内オアゾの「丸善」で開催中です(写真)。場所はエスカレータ上がって2階で降りて右手に曲がってすぐの所です。

東京駅や丸の内近辺にお出かけの方、ぜひお立ち寄りください。

 

 

「遙かなる昭和」の目次は「正論」HPで見ることができますhttp://www.sankei.co.jp/seiron/

お求めは全国の書店か直接「正論」販売部へ。

▽はがき〒100-8077(住所不要)産経新聞社「正論」販売部別冊係

▽FAX03-3241-4281

▽Eメールseiron@sankei.co.jp

▽定価1000円(税込) ※販売部にお申し込みの方は送料をサービスいたします。

 

 

 

 

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写真点描

2009/07/12 03:16

 

 編集長・上島です。

 いつも告知ばかりじゃないか、というお叱りをいただきます。

 そこで、告知した行事の報告ほか編集者の日常を写真で――。

 

まず、昨年9月、東急百貨店渋谷本店・8階美術画廊で開かれた「現代日本刀秀作展」のオープニングイベントとして行われたトークライブ〈英雄(おとこ)たちの夢のあと――刀剣とともに日本の歴史を駆けた男たちが今に伝えるメッセージ〉の一葉。

 漫画家の松本零士さん、シナリオライターの武田樹里さんのお二方に、私が司会をつとめて日本刀の魅力、歴史的な意味などを語り合っていただきました。

 松本さんの刀剣、銃砲のコレクションの一部も披露され、そのお話をふくめ、さすが伊予大洲藩の武家の末裔という感じがしました。

 

 

 次は、この2月に神奈川県厚木の海上自衛隊基地で第61航空隊のYS-11輸送機に搭乗した折の写真です。第61航空隊は海自唯一の航空輸送部隊で、今、現役機として日本の空を飛ぶYS-11を運用しているのもこの部隊だけではなかったかと。

 翼のエンジン部分にロールスロイスのマークが見えますが、国産機とはいってもエンジンは違うのですね。イージス護衛艦のエンジンもロールスロイスです。装備面から見ても、日本の自衛隊にはスタンドアローンの能力は乏しいわけで、こんな問題意識から執筆をお願いしたのが、4月号の清谷信一氏(軍事ジャーナリスト)の自衛隊に関する論考〈ハイテク兵器に安心してはいけない-国民が知らない装備調達の危うい現状〉でした。

 

 清谷氏は直近の「SAPIO」(7月22日号)に〈F-22は防衛産業を死滅させる役立たずの“高価なおもちゃ”だ〉というリポートを寄せていますが、こうした議論をもっと喚起せねばと思います。

 

 厚木基地では他の施設、救難救助機なども見学させてもらいました。

 狭いコックピットでしばしパイロットの気分。松本零士さんの戦場まんがシリーズ(別名コックピットシリーズ)を思い出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「正論」8月号、これを読んでほしい。

2009/07/11 00:04

 

編集長・上島です。

 

8月号編集後記〈操舵室から〉

 

 

〈毎号、読者から激励や叱責の便りが届く。企画についての感想、批判はありがたく、七月号は「NHKよ、そんなに日本が憎いのか」という特集に高い評価と支持を寄せてくださる読者が多かった。

 

 一方、手厳しい批判もある。

たとえば「名無しの品格」に対して〈ネット上の匿名の意見には品格にこそ欠けるが鋭い指摘がある場合がある〉。けれども、七月号の〈小林よしのりをやり玉にあげての誹謗中傷、悪口雑言は読むにたえなかった。パチンコにブランドを売ったというのをネットで批判されるのは自然。その程度のこと〉で、〈「正論」が取り上げて、品のない言い方で論うのは醜悪〉、〈「正論よ、そんなに小林よしのりが憎いのか」と言われ〉るゾ、と。

 

「小林よしのりが憎いのか」と尋ねられれば、「そんなことはまったくない」。たとえば九・一一テロ以後の小林氏の言論を、産経新聞批判も含めて、雑誌「正論」は極力世に出すべく努めてきた自負がある。氏の言論は大切なものだと考えたからだが、それは小林氏への批判は載せないということではない。パール判決書をめぐっての論議では痛烈な小林氏批判も載せた。

 

「活字の世界だからこそ」という声も聞こえてくるが、ネット(電網)が、中国の文革時に真実を伝えた壁新聞になるのか、便所の落書きで終わるのかは、〈無恥(無知)蒙昧な輩による陰湿な書き込みもあれば、それに辟易する人間もいる。ただそれだけに過ぎない〉という電網住人の自覚と自浄による。〈電網信ずべし信ずべからず〉に活字住人はいかに接点を見出し得るか。「正論」に編集方針はあっても、中国当局のような〝検閲ソフト〟はない。

 

ただ、事実に基づくか否かの責任をどう負うかは問題だ。小林氏の〈人件費は年間3千万〉の根拠はネットになく、そんな書き込みを転載する自由が雑誌にあるのかと問われれば、答えに窮するほかない。批判者、訂正者の出現を期待し、それによって玉石混淆の玉に至る道筋をつくれれば、というのでは編集者として甘すぎる無責任だろうか〉

 

 

 7月号に続いて、8月号も〈検証第二弾〉として「なぜNHKは日本を貶めようとしているのか」を企画しました。NHKは一貫して、「JAPANデビュー」は問題なしとしていますが、本当にそうか。

NHK放送総局職員氏による「こんなに杜撰(ずさん)だったJデビューの制作現場」と、元NHK政治部記者の大谷英彦氏による「福地会長、Jデビューは本当に問題なしですか」を読んでいただきたいと思います。

 

 今回の問題に関し、「開かれたNHKをめざす全国連絡会」(松田浩・元立命館大学教授らのグループ)が、「不当な圧力に動揺することなく、番組づくりのために努力を積み重ねてほしい」という要望書をNHKに提出したそうですが、「開かれたNHK」はこちらこそ望むところです。

 ただ看過できないのは、「不当な圧力」とは何かということです。今回抗議の声を上げているのは視聴者、市井の人々です。これは何ら不当なものではないでしょう。

 

 放送法違反を問う損害賠償請求訴訟の原告に名を連ねる市民は9,000名を超えました。反自衛隊などのデモならば参加者が数十人しかいなくても大きく報じてきた新聞、テレビは、今回の9,000名の視聴者の声をどう伝えたか。管見のかぎりでは、黙殺に近いと思います。

 

 編集部には、「よくぞ伝えてくれた」「今後も継続して取り上げてほしい」という声がたくさん寄せられています。「正論」はこれまでも中村粲氏による「NHKウオッチング」を連載してきたほか、朝日新聞、NHKといった巨大メディアの著しい偏向を正すべく、ペンの戦いを挑んできましたが、今後も一層力を注ぎたいと考えています。

 

 8月号のもう一方の柱は、日下公人氏の〈さらば、亡国の「非核」信仰〉と西村眞悟氏の〈不作為に堕した国防における「現実主義」〉です。北朝鮮が2回目の核実験に成功し、ますます日本への核恫喝を強めている現実に対し、政治家もマスコミもみな、事なかれの“現実論”を語るだけで、現実を変え得る意志の力、その可能性を論じようとはしません。「その議論は危険だ」「現実的じゃない」「荒唐無稽だ」という人たちは、結局現状追認をしているだけではないでしょうか。

 

 

 日下公人氏は、ドイツと対峙した英海軍大臣時代のチャーチルの発言や行動を紹介しつつ、〈「国際関係における独立か依存かという問題を現実主義で考えれば、“自分に「対応力」さえあればそんなに難しく考えることはない”と分かる。必要な対応力は、外部からの圧力が強いときには強く、弱いときには弱くてもよい。ただその現実主義の根幹に日本の「自立」への確固たる決意がなければならない〉と述べていますが、今の日本に最も欠けているのはこの〈「自立」への確固たる決意〉ではないでしょうか。

 

 西村眞悟氏もまた、こう述べています。

〈私には脳裏から離れない言葉があり、私はこの言葉を拠り所として政治行動をしてきた。それは「政治の世界においては、不可能なことを可能にしようという意思がなければ、可能なものも可能にならない」という言葉である(マックス・ウェーバー著『職業としての政治』)。この言葉を噛みしめずに政治に携わってはいけない〉

 

 最後にもうひとつ日下氏の一節を。

〈指導者としての長い人生からすれば、海相時代のチャーチルの観察も点描であって全体像ではないが、一貫したものがあったとすれば、内相時代のチャーチルについて彼の下で働いたある事務官が書いた次のような文章に象徴される。

 

「……毎週一度、あるいはそれ以上も、チャーチル氏は冒険的で実現しそうもない諸計画をもって役所に来る。しかし三〇分も話していると、なお冒険的ではあるが、もはや実行も不可能ではない何ものかがあらわれてくるのであった」(山上正太郎著『チャーチルと第二次世界大戦』清水新書)。

 

「それは現実的ではない」「無理だ」等々できない理由を挙げる前に、国の独立と安全のために必要だと考えれば、どんな現実でも変えていこうとするのが政治家の役目である。「現実性のないことを言っていてどうする」というのでは、現実主義を語りながら、そこにあるのは結局「現状」追認であり、問題の先送りを正当化するだけの姿勢でしかない。

 こうした政治家やマスコミ人士の意識よりも、一般の日本国民は急速に現実に目覚めてきている〉

 

 日下氏は、かように一般の日本国民のほうを信じておられる。

 間もなく総選挙ですが、さて、われわれはいかなる政治家に一票を投じるべきか――。

 

「正論」8月号は、まだ書店でお求めになれます。

日下、西村両氏の論考をぜひお読みいただきたいと思います。

また、7月13日(月)には、お待たせした別冊第11号「遙かなる昭和」が店頭に並びます(税込1,000円)。

こちらもどうか宜しくお願いいたします。

 

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「諸君!」休刊に思うこと

2009/05/06 19:22

 

 編集長・上島です。

「月刊正論」6月号の巻末に以下のような一文を書きました。

 

 

《「諸君!」が六月号を最後に休刊する。その一報が出て、読売新聞からコメントを求められた私は、「“戦友”が倒れたという思い」と答えた(三月九日付)。「諸君!」を“戦友”と表したのには訳がある。

同誌の創刊は昭和四十四(一九六九)年である。「正論」より四年早い。同誌を創刊した故池島信平氏のエッセイにこんな一文がある。

 

「戦後、怒濤のように押し寄せた民主化運動、その多くのものは階級闘争と社会革新のスローガンを掲げて、一挙に古い日本を粉砕しようとした。……きのうまで神州不滅とか、天皇帰一とか、夢のようなことをいっていた連中が、一夜にして日本を四等国と罵り、天皇ヒロヒトと呼びすてにしている。にがにがしいと思った。よろしい、みなさんがその料簡なら、こちらは反動ではないが、これからは、保守派でゆきましょうと思った」(『雑誌記者』)

 

 その池島氏に乞われ、創刊号に「私は世論を信じない」を寄せた山本夏彦氏は、三年九カ月後、「紳士と淑女」と並んで同誌の名物コラムとなる「笑わぬでもなし」の連載を始める。創刊三十年に編まれた『「諸君!」の30年』に収録された〈『諸君!』と私――〉にこんな件がある。

 

「『諸君!』は反朝日の新雑誌だと心得て私は参加したのである。朝日と岩波はそのころ権威だった。各界名士は朝日に原稿を書いて、岩波から本を出してはじめて名士だから両社の気にいらぬ原稿は書かない。言論というものは進んで迎合するものなのである。……私は文学は風流韻事だと思っている。紅旗征戎はわが事に非ずと思っている。ところが『諸君!』は紅旗征戎をわが事に論ずる雑誌で「私は時々女になる」「何用あって月世界へ」などとばかり書く席ではない」

 

「諸君!」が論壇でいかなる位置に立ち、何を果たそうとしてきたかがうかがえる。「正論」もまた、進歩的文化人が闊歩する時代に「保守」を掲げて立ち上がった。故江藤淳氏が指摘した、まさに戦後の「閉ざされた言語空間」のなかで、それを打ち破って真に自由な言論の場を確立しようと苦闘してきた共通の歩みから、“戦友”という言葉が口をついて出たのである。

 

 山本氏が、自身が経営する「室内」の広告部員にスポンサー周りの手土産の一つとして「諸君!」を持たせると、「それはいらない!」と断られることがあったと書いている。「進歩的という幻影が(企業の)課長クラスにまで及んでいたことを示す」という状況は、実は、米ソ冷戦が終結し、「階級闘争と社会革新のスローガン」がまったく色褪せたかに見える今もそう変わらない。想像だが、「諸君!」を発行する文藝春秋社内ですら「諸君!」は読まない、いらないという社員が少なくなかったのでは…。その意味では、憤懣相通じ、社の枠を超えての“戦友”でもあった。

 

数年前、「論座」(朝日新聞社発行)に〈「諸君!」それでも「正論」か〉と批判を浴びた。その「論座」が先になくなり、「諸君!」が休刊したことで、「従来の座標軸が見失われ」、「保守論壇は岐路に立たされている」という見方がある。過激な言論の行き過ぎに不安を感じるという声も。ジャーナリストの斎藤貴男氏によれば、「休刊は残念だ、『諸君!』は『正論』や『WILL』の行き過ぎを正す雑誌なのに、という声が多い」と語る文春関係者もいる(「『諸君!』の諫死」東京新聞三月十八日付夕刊)。

 

斎藤氏は、二〇〇六年頃の「諸君!」を見て、〈一時が万事、靖国でも慰安婦でも権力に服従しない者を嘲り罵倒するだけ。小泉“劇場”政権にふさわしい、『諸君!』は「月刊2ちゃんねる」になったのだと絶句〉し、「『諸君!』は諫死を選んだのではないか。劣化の一途を辿っている言論界を、自らの死をもって諌める――」と述べている。

 

なるほど、そういう見方もあるか。論壇編集者でありながら、いささか他人事のように記すのは、「劣化」の意味するところの解釈が、斎藤氏と私との間で異なるからだ。「一時が万事、靖国でも慰安婦でも権力に服従しない者を嘲り罵倒するだけ」の劣悪な雑誌をつくってきたつもりはない。

「正論」の編集者になって丸十年だが、この間ずっと私の念頭にあったのは故福田恆存氏の次の言葉だった。

 

〈民主主義といふのは論争の政治である。それを「話合ひ」の政治などと微温化するところに、日本人の人の好さ、事なかれ主義、生ぬるさ、そして偽善があるのだ。和としての「話合ひ」ではない、勝負としての論争が必要なのである。たがひに自分の方が真になることを証明しあひ、時には相手をごまかしてやるがよい。ごまかされた方が悪いのだ。ごまかしは悪であり、そのための雄弁は悪であるといふ偽善国に、民主主義が発達したためしはない〉(「論争のすすめ」)

 

 もう一つ。〈最初に保守主義といふものがあつて、それに対抗するものとして改革主義が生じたやふに思はれがちだが、それは間違つてゐる。(中略)保守派は眼前に改革主義の火の手があがるのを見て始めて自分が保守派であることに気づく。「敵」に攻撃されて始めて自分の「敵」の存在を確認する。したがつて、保守主義はイデオロギーとして最初から遅れをとつてゐる。改革主義にたいしてつねに後手を引くやうに宿命づけられてゐる〉(「私の保守主義観」)。

 

 言語空間を閉ざしている大勢から見れば、それを打ち破ろうとする少数者は常に危険なカルトに見えるだろう。「諸君!」や「正論」が掲げてきた言論は、常に後者だった。ゆえに「いらない」とされ、危険視もされたのだ。後手を引いて“やむにやまれぬ”思いから立ち上がった言論は、ときに憤怒を露わにする。しかし、単なる感情の発露では言論とは言えない。

 

 事実を踏まえているか、欺瞞に陥っていないか、情理にかなうか――こうした自省を踏まえての〈勝負としての論争〉の場をつくることが“仕事”だと思っている。

「風流韻事」をわが事にしたくとも、「紅旗征戎」をわが事にせざるを得ない、という内なる葛藤を「諸君!」編集者も抱えていただろう。紙幅が尽きた。謝の一字である》

 

 

「諸君!」の内田博人編集長が、最終号の編集後記に「長年の盟友にして、良きライバルだった雑誌『正論』にエールを送ります。一層のご健闘を。上島編集長、後はよろしく頼みました」と記してくれました。

「紅旗征戎」の“戦場”に残った者として、このエールにどれほど答えられるか…、「また会う日まで」、何とか「正論」という船を沈めぬように微力を尽くします。

 

 

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